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2010年03月04日

「江戸立探検隊」名瀬フォーラム

 TwitterのTLに”奄美図書館で講演会・・・”とあるので、今日なんかあったっけと検索してみると、琉球大学開学60周年記念事業としてフォーラムが15:00から始まることを知り、慌てて行ってきました。
 ポスターはこちら
 なんで慌ててまで行ったかと言うと、弓削正己さんと町健次郎さんの講演があるからです。
 会場へ行くと10分前。すでに席はかなり埋まってましたが、知り合いがいたので同席させてもらいました。
 全座席にしっかりしたパンフレット。

 5箇所で行われるフォーラムの全レジメが1冊にまとまってます。全78ページのボリュームです。

 講演に先立ち、進行役の琉球大学教授、高良倉吉さんがお話をされたのですが、以前ご紹介した「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」に触れ、その中の戦後の沖縄と奄美の関係を紹介したのが、ネットでは沖縄を陥れるヒドイ本だというような書評を見ていたので、ちょっと驚きでした。

 さて講演はというと期待に反しない勉強になる内容でした。

 まず、弓削さんは「江戸立コースの前提としての薩摩藩の奄美諸島分割支配と道の島の役割」。
 「江戸立」とは薩摩の琉球・奄美侵攻後に、琉球が江戸へ登り、徳川家へ挨拶にいく旅のことを指すのですが、弓削さんがお話されたのは薩摩が琉球・奄美に侵攻した時に薩摩と琉球はどのように支配の区分を行ったかということと、この江戸立のルートとなる「道の島」の解釈についての2点でした。
 薩摩の琉球・奄美侵攻というと薩摩側からの視点が多い中、弓削さんが指摘したのは琉球国保全のために、琉球古来の領土という意識から伊平屋島以南以外、与論島以北の奄美群島を薩摩に割いたということです。
 古来ということは琉球国の成り立ちとして、奄美群島がどのように組み入れられたのかという事にも関係してくるのでしょう。弓削さんは言及しませんでしたが資料に薩摩侵攻以前の琉球と奄美の史実を掲載してあります。
 そして、「道の島」という解釈について、これまで薩摩が琉球・奄美へ侵攻するための「道の島」というマイナスのイメージがありましたが、弓削さんは1632年の資料の記述にある「琉球道の島」という表記を挙げ、”通商の便を取る(くつろぐ)、よろどころとしての避難港、日本と中国との通り道という意識。これは薩摩藩の直轄支配のみでは出てこない概念、交易上の概念から来ている”と指摘し、さらにペリーの認識や薩摩支配下においても奄美の人々が制限があるにせよ薩摩や琉球へ行き来していたこと指摘します。

 弓削さんは今回の講演だけでなく、これまで”薩摩の圧政によって奄美がこんな悲惨な目にあった”と言われてきた話に新説を出してきています。
 例えば奄美の一字姓。薩摩が奄美の人々と薩摩の役人を区別するための制度と言われていましたが、「奄美学 その地平と彼方」(南方新社、2005年)の”奄美の一字名字と郷士格について-その歴史的背景”で、”東アジアを律する国際環境で、中国が一字名字であることともに、冊封体制の中国への公文の名字が一字ということによると考えられる。”と解説しています。
 また、今年2月12日付の南海日日新聞の”シマジマの海路-2-商社取引が出発点”の中で、薩摩藩から鹿児島県となっても砂糖を専売しようと設立された大島商社の問題も、鹿児島県の特別な運動ではなく、”旧慣同様な専売制志向の県およびそれと結びついた商人らと百性との対立は、内容に違いがあるにしても、奄美諸島だけの運動ではなかった。”と解説しています。
 確かに、薩摩藩支配時代とその後も奄美というのは搾取されたり虐げられたりしましたが、それだけを見るのではなくて、その時代の日本と世界の動きまでも見ないと本当のことはわからない、単に被害者意識だけが強調されてしまうんだなと考えされらました。

 町健次郎さんは”「奄美」呼称の来歴とその周辺”。
 実はこのテーマ、昨年から個人的にアレ?と思って調べていたことですが、町さんは単に地図にいつから奄美が表記されてきたのか、だけではなくて、同時に文献の中にいつから表記され、それがどんな時代背景によるものなのかという内容でした。
 実際に”奄美”という地名が地図上に現れるのは明治7年の海軍の地図で、民間用の地図では明治32年に現れるの最初です。
 ではそれまではどのように言われていたかというと、あっても北部琉球といった大雑把な名前だけであり、現在の奄美大島は大島です。
 しかし、町さんが指摘したように国防上の問題から全国に大島がたくさんあっては困るので”奄美”をつけたようです。
 では”奄美”はどこから持ってきたのでしょうか。
 これは明治時代というのは天皇制の復活であり、それまでの徳川幕府を否定するものです。ですから、明治に入って天皇制の時代の名称が多くの地名に使われたようです。
 ちなみに都道府県名の由来を検索してみて下さい。
 そして”奄美”にちなみ開闢神話の由来、日奄琉同祖論から日奄同祖論への転換なども興味深い内容でした。

 いやー、間に合ってよかった。
 弓削さんの一字姓の話ってどこに納められてたか探して、あらためて調べながらまとめていたら、記事をアップするのが遅くなりました。  

2010年03月03日

「太宰府と南島」講演会

 2月21日に行われた九州国立博物館企画展に伴なう”講演会「古代日本と奄美世界」”に続き、3月7日にも講演会が行われます。
期日
3月7日(日曜日)
場所
奄美博物館・企画展示室(3階)
時間
14:00~16:30
講演
「遣唐使の対外交流と南島」
赤司善彦 先生(九州国立博物館展示課長)
体験講座
「遣唐使が運んだもの」
池内一誠 先生(九州国立博物館交流課主任研究員)
備考
入場無料

 前回も面白かったのですが、今回もなんとか時間を作って行きたいです。

 前回も座席が空いてるかなと思ったら時間になると満席となりました。
 なるべく早めにお越しになったほうがいいと思います。
  

2010年02月23日

講演会「古代日本と奄美世界」

 先日お知らせした講演会になんとか行くことができました。
 行ってよかった~という内容でした。

 講師の池田先生は以前から知っている方で、「かずみ」でよくお会いして色々質問させてもらってました。
 今回の講演は池田先生が考古学をはじめてから約25年の中間報告のような内容で、太宰府の木簡が発掘された昭和59年からここ25年ほどで変わりつつある日本の古代史のお話でした。
 昨年末にまとめた本が出ているのですが、何せ高い!8400円です。
中世東アジアの周縁世界中世東アジアの周縁世界
天野 哲也

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 すぐには買えないし、まずは図書館で借りてから。ということでなんとかがんばってメモをとりました。

 いまだに場所が特定されていない邪馬台国ですが、何故、邪馬台国の存在がわかるかというと中国の記録に3世紀はじめに邪馬台国から文書があったそうです。
 これを皮切りに14世紀に行われる日宗貿易まで、朝鮮半島と中国を含めた東アジアの情勢によって日本も大きな影響を受けます。
 その中で、太宰府から発掘された木簡は8世紀頃のものと見られ、単に南方の産物が太宰府に届いたというよりも、木簡に地名を書くような、きちんとした交易システムが奄美から太宰府にあったようです。
 この7世紀から14世紀には奄美に関わることが多くあります。
 遣唐使の北路(朝鮮半島経由)から南路への切り替えが660年の百済の滅亡によって起こり、屋久島・奄美を経由したルートとなります。
 笠利町や奄美市名瀬小湊の遺跡から発掘されたヤコウガイは平安時代(9世紀~12世紀)の貴族の嗜好品であっただろうと考えられています。(宇津保物語)
 徳之島で発見されたカムィヤキは12世紀~13世紀と言われていますが、その技術は高麗(朝鮮半島の新羅の後の国)ではないかと考えられています。
 さらに、宗の前の唐の時代の「開元通宝」が奄美で多く発掘されています。

 さらにその間に力をつけた琉球(沖縄本島)が日宗貿易の中心となっていきます。
 喜界島の城久遺跡はまさにその切り替わりの時期の遺跡なのかもしれません。

 これらのことから日本の古代史は”日本一国の研究から東アジア研究への転換、東アジア海域史の提唱”が行われているということでした。

 Wikipediaの日本の歴史でも簡単に古墳・飛鳥・奈良・平安時代と朝鮮半島との関わりが触れられているだけですが、このあたりがこれから変わっていくのかも知れません。
 なおWikipediaでは奄美諸島の歴史としてまとめられていますが、断片的な情報だけのようですね。  
タグ :古代史

2010年02月19日

九州国立博物館企画展「太宰府と南島」

 奄美市立奄美博物館では九州国立博物館企画展「太宰府と南島」を開催しています。
 奄美群島では初公開という太宰府史跡出土の「☆美島」(☆は木ヘンに奄)「伊籃島」木簡が展示されています。
 この展示会に関連して琉球大学法文学部教授の池田榮史先生(考古学)の講演会が行われます。
 木簡の歴史的背景について、太宰府との関係も指摘される喜界島の城久遺跡群などの最新の考古学的背景をふまえてお話いただけるそうです。

 「古代日本と奄美世界」
とき
2月21日(日曜日)
ところ
奄美市立奄美博物館・研修室(3階)
じかん
14:00~16:00

 入場無料ですよ。
  

2010年02月16日

沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史

 ”奄美学といいながら、なんで?”と思われるかもしれませんが、戦後、奄美と共にアメリカ統治下となった沖縄の知られなかった歴史なのです。

沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史

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 共にアメリカ統治下で苦しい暮らしで、奄美は基地が出来なかったから早く日本に返してもらった。
 一方、沖縄はその後も日本に返してもらえず、いまでも日本の犠牲になっている。

 というのが戦後のイメージですが、戦後すぐの沖縄でおこっていたことを、この本で初めてしりました。

 5章からなっていますが、その中の「2 沖縄のアンダーグラウンド」(2はローマ数字)を筆者の”はじめに”から紹介します。(カッコ書きは私がつけました)
これまでほとんど知られていなかった(沖縄における)奄美大島の差別の歴史と、そこからたくましく起ちあがった男が惚れる奄美のヤクザについて筆を割いた。

 これは「空白の琉球弧-奄美群島」と「伝説の義賊・清真島」に書かれています。

 「空白の琉球弧-奄美群島」には戦後、基地建設に湧く沖縄へ疲弊した奄美から移り住んで行く人々が多くいたこと、そして奄美群島が日本復帰すると在沖奄美人としてアメリカ統治領の中の外国人”日本人”として扱われ、公職追放など、差別を受けたこと。

 両親が育った時代、祖父母が同じ時代に生きていたはずなのに、知らないことばかりです。
 お勧めするというか、沖縄・奄美の近代の歴史として知っておくべきことだと思います。  
Posted by mizuma at 15:35Comments(0)TrackBack(0)歴史

2010年01月27日

奄美の森に生きた人

「奄美の森に生きた人 柳田国男が訪ねた 峠の主人・畠中三太郎」
前橋松造・著 南方新社・発行 2001年4月20日

(上記画像は発行元の南方新社にリンクしています。リンク先より入手可能です。)

 「三太郎峠古道整備」、「住用町東仲間のシマ興し」と三太郎峠の古道をご紹介しましたが、「あまみ再発見ツアー」の古道歩きとしてご案内するにはもう一度勉強しなきゃということで、本書を読みなおしました。

 この本は発行されてすぐに三太郎峠についての本は始めてだと思い、すぐに購入したのですが、紛失していました。誰かに貸してしまったんでしょう。
 しょうがありません。授業代です。

 著者は鹿児島の川辺の出身で、南日本新聞社の大島支社長として奄美大島に赴任したこともあり、赴任中にも三太郎茶屋に関しては気にかけていたそうです。
 ところが、ご両親の仏壇の位牌から、ご両親は名瀬の永田橋近くで雑貨屋を営んでいたことがあって、三太郎茶屋のご主人、畠中三太郎との交流を知ることから本書ははじまります。不思議な縁です。

 シマの人であればハブやイノシシの被害を恐れるような山の中を開墾し、お茶やみかんを作り、地元の集落の人々にも農業を教えた人、畠中三太郎の生涯を丹念に取材しています。
 単に茶屋を開いた、シマの人たちの慕われて、山で生涯を終えた、というだけでなく、明治初頭から大正・昭和にかけてのシマの人の暮らしぶりも垣間見えます。

 また、柳田国男が「海南小記」に三太郎茶屋のことを書き記していますが、筆者はそれだけにとどまらずに、「海南小記」の取材メモを手に入れて、当時の柳田国男の足跡を辿っています。
 この取材メモは本書に書かれているように昭和50年に南島研究会から百四十部限定で発行された「南島旅行見聞記」ですが、昨年末には当時の発行者である酒井卯作さんの編集で「南島旅行見聞記」として書籍が発行されました。

 機会があればご紹介したいと思います。
  
Posted by mizuma at 17:42Comments(0)TrackBack(0)歴史

2010年01月25日

「しまうた」流れ 琉球弧の民謡入門

「しまうた」流れ
「しまうた」流れ 琉球弧の民謡入門

仲宗根幸市・著
ボーダーインク・発行 1995年8月15日

 上記画像・リンクは出版元のボーダーインクにリンクしています。

 奄美のシマ唄とは?といっても頭で理解するよりは、まずは聞いてもらったほうがいいと思います。
 それもできれば舞台での唄ではなく、唄者と会話しながら唄に対する思いなどを聞きながら。

 しかし、そうはいっても裏声を使う、独特の三味線奏法、唄の歌詞など知りたいと思うと、意外と入手可能な本は少ないのが現状です。
 さらに、奄美のシマ唄が沖縄の唄、大和の民謡とどう違うのかを知る本となるとさらに少なく、本書が一番のお勧めです。
 残念ながら入手は難しくなっていて、上記の出版元のサイトで購入(これも難しいかもしれません)するか古本を探すことになると思います。

 本書ではまず最初に”琉球弧”としての唄の特徴を解説、その上で各島々の唄を解説しています。
 次には裏声音楽文化としいて奄美以外の地域での裏声、そして奄美の裏声を説明しています。
 唄の分類や奄美の唄掛け、沖縄のモーアシビとして生活の中に生きる唄の説明があり、最後に黒潮に乗って分布したカチャーシーや六調などについても解説しています。

 一番、わかりやすいのは目次の次のページにある分布図でしょう。
 奄美群島が以下に琉球文化と大和文化の混じり合う場所かが一目瞭然です。

 奄美のシマ唄に興味が無くとも、沖縄の音楽や琉球・シマの文化・歴史に興味がある方は一読をお勧めします。  
タグ :沖縄大和
Posted by mizuma at 17:57Comments(0)TrackBack(0)シマ唄

2010年01月18日

講演会「奄美と琉球-その魅力」

 沖縄大学の沖縄大学地域研究所が主催で「沖縄大学移動市民大学in奄美大島 「奄美と琉球-その魅力」が奄美市名瀬の県立奄美図書館と瀬戸内町で行われます。
 共に参加費無料です。
2010年1月30日(土)
13:00~16:00 開場 12:30
県立奄美図書館(GoogleMapにリンクしてます。残念ながら県立奄美図書館はまだ検索対象ではなくて奄美分館が表示されてしまうので奄美高校をリンクしています。)
第一部 13:00~14:00
奄美高校生による学習や研究、地域活動等の発表
第二部 14:10~16:00
島尾伸三氏による講演「奄美と琉球-その魅力」
2010年1月31日(日)
15:00~1700 開場 14:30
瀬戸内町中央公民館(GoogleMapにリンクしてます。)
島尾伸三氏による講演「奄美と琉球-その魅力」


島尾伸三氏
1948年生まれ
東京造形大学造形学部写真専攻科卒業
1981年ごろより中国や香港の庶民生活を精力的に撮り始める。
著書「中華人民生活百科遊覧」「季節風」「生活」
移動市民大学
沖縄大学は「地域共創の大学」として、地域と協働のまちづくり・地域と共に持続可能な社会をつくることを念頭に、県内で様々な講演・シンポジウムを開催しています。
地域住民の方が移動市民大学に参加したことをきっかけに、地元社会・まちづくりに興味をもっていただけるように、今後も離島を含めた各地域で移動市民大学を開催していきます。


(以上、県立奄美図書館からのチラシより)

 カレンダーにもTBしています。マップには今後もありえるので、TBせずにGoogleMapへのリンクを入れておきました。

 このブログでは書籍の紹介を中心にと思っていましたが、関連する講演会なども掲載していきます。
 主催の沖縄大学地域研究所および後援の県立奄美図書館のホームページには掲載されていなかったのでチラシの内容を転載しました。
 掲載内容については本ブログに責任があります。誤りなどについて主催・後援にはご連絡無いようにお願いします。
 間違いなど気づいた点がありましたら、コメントにてお願いします。  

2010年01月14日

瀬戸内町の文化財をたずねて

「瀬戸内町の文化財をたずねて(改訂版)」
瀬戸内町立図書館・郷土館 編
瀬戸内町教育委員会 発行
平成13年11月

 問い合わせてみたところ、この冊子も絶版。入手不可ということでした。
 県立奄美図書館などで閲覧可能だそうです。

 A5(A4の半分)の小さな冊子ですが、小さな「瀬戸内町誌」といっていいぐらいの内容です。
 瀬戸内町の歴史(町村合併の推移)や生物・植物、文化財、行事、祭りの紹介、伝説や人物などまで紹介されています。

 改訂版を検討しているそうですが、発行は未定とのこと。
 是非復刻もしくは改訂版を出して欲しい本です。
  
Posted by mizuma at 11:13Comments(0)TrackBack(0)博物館

2010年01月13日

故郷(ふるさと)は博物館

「故郷(ふるさと)は博物館-家族で訪ねる笠利町の文化財-」
笠利町歴史民俗資料館・編
笠利町教育委員会・発行
2003年2月

 市町村合併前の笠利町で発行され、現在はほとんど部数が残っていないそうです。
 あやまる岬近くの笠利町歴史民俗資料館で閲覧可能ということでした。(奄美博物館への問い合わせ結果)

 A4サイズのしっかりした本です。
 概要として奄美大島の旧石器時代から奈良・平安時代の様子。あわせて、調査に関わった関係で宇検村の倉木崎海底遺跡調査も少し触れられています。
 笠利町内の文化財を中心に「史跡」「民俗」「自然」「名勝」と分けて紹介しています。
 各解説には英文の紹介も掲載されています。

 是非、復刻させてほしい本の一つです。
 小中学校の歴史副読本としていいと思うのですが。  
Posted by mizuma at 17:07Comments(0)TrackBack(0)博物館

2010年01月09日

鹿児島の伝統製法食品

「かごしま文庫67 鹿児島の伝統製法食品」
蟹江松雄・藤本滋生・水本弘二・著 春苑堂出版・発行
2001年3月10日 発行

 「奄美民俗雑話」に続いて、かごしま文庫ですが、これもそろそろ手に入りくくなっているかも知れません。

 ガイドの仕事でお客さんからの質問で答えに困ることが多々あるのですが、特に食に関しては、説明が完全にできない部分が多いですね。
 何故かというと、時代によって変化してきていて、記録があまり残っていないのです。
 聞いてまわると単に”昔から”となるのですが、”昔って具体的にいつから?”となるとモゴモゴ・・・

 少しづつ聞いて回っているのですが、粒味噌もその一つ。
 「あまみ便りblog」に「粒味噌の由来」という記事で書きましたが、地元の味噌メーカーの方にお話を聞きに行った時に紹介していただいたのがこの本です。

 かごしま文庫は奄美に関しても、いい本が多数あるので注意していたつもりでしたが、タイトルの「鹿児島」という部分だけで、奄美は関係ないんだろうなと見過ごしていました。
 しかし、考えてみると奄美の食に関して、特に北部の料理は鶏飯をはじめ、鹿児島の影響が見受けられるものもありますし、自家製以外はほとんどが鹿児島から入ってくるわけですから、無関係のはずがないんですよね。

 本書の中には味噌・醤油・酢などの調味料、酒・焼酎、奄美に関連してはナリ味噌・ミキ・黒糖なども掲載されています。
 どうして粒味噌なのか、ナリ味噌との関係は?とか、どうして醤油は甘いのかなど、興味深いテーマばかりで、気になるページの端っこを折っていたら、折り目だらけになりました。

 奄美の郷土料理に関わる方は一読しておいたほうがいいと思います。  
Posted by mizuma at 17:28Comments(0)TrackBack(0)食品・料理

2010年01月03日

奄美民俗雑話

「かごしま文庫63 奄美民俗雑話」
登山修・著 春苑堂出版・発行
2000年9月10日 発行

 そろそろ手に入りくくなっているかも知れません。

 著者は瀬戸内町古仁屋の後出身で中学校で教鞭をとり、退職後は県民大学で民俗学の講師を勤め、奄美民俗談話会、奄美郷土研究会をはじめ奄美・沖縄・日本の民俗学会にも所属しています。
 著書も多数あります。

 本書はその著書の民俗学の研究の中で民俗に関わる語彙(ごい)を多く解説していて、その目次を見るとわかるようにその範囲は多岐に渡ります。
神話・伝説の世界
奄美の神話
奄美の伝説
奄美の妖怪
民俗語彙
ことばに見る民俗
地名の民俗
からだの民俗
奄美の自然と民俗
星空と自然
小動物の民俗
野鳥の民俗
貝の民俗
植物の民俗
民間信仰
出産の習俗
霊魂と禁忌
くらしの民俗
なりわい
食べ物

 どこから読んでも楽しめる本で、今読み返しても”そういえばこの話はこの本にあったか”というのばかりです。
 例えばサツマイモのことを奄美大島北部でトンというのはサツマイモが伝わった中国を意味する唐芋(カライモ)を唐(トウ)と読んだことからといった話が掲載されています。
 奄美のいろんな分野につながっていく本だと思います。
  
Posted by mizuma at 15:22Comments(3)TrackBack(0)民俗

2009年12月24日

奄美の振興開発-住民からの検証

「奄美の振興開発-住民からの検証」
吉田慶喜・著 本処あまみ庵・発行
1995年8月15日 発行

一般書籍の流通では入手できません。
左記リンクのあまみ庵もしくは楠田書店にお問い合わせ下さい。

373news.com:吉田 慶喜氏(元名瀬市議)死去、79歳
 吉田 慶喜氏(よしだ・けいき=元名瀬市議) 22日午後2時30分、肺がんのため奄美市の病院で死去、79歳。自宅は奄美市名瀬石橋町2の13。通夜は23日午後7時から、葬儀告別式は24日午前11時から、いずれも奄美市名瀬小浜町29の1、秋葉斎苑で行う。喪主は妻・美佐子(みさこ)さん。
 奄美市笠利町屋仁出身。旧制大島中学専攻科(法経科)卒。奄美大島日本復帰協議会中央委員として奄美の日本復帰に尽力。名瀬市職員組合書記長、自治労中央執行委員。1972年に名瀬市議に当選し連続8期務める。


 昨日の地元新聞で訃報を知りました。
 あまみ庵に勤務していたころはよく店頭でお顔を拝見していましたが、じっくりとお話をする機会が無いままお別れとなってしまいました。いつもニコニコと穏やかな表情をされていたのが印象的でした。

 奇しくも明日12月25日は奄美群島の日本復帰記念日。
 吉田さんは南日本新聞の記事にあるように復帰運動に尽力された方です。
 復帰後は名瀬市議会で精力的に活動されていて、この「奄美の振興開発」も委員長を務められていた奄美市議会の「奄振問題調査特別委員会」の提言書をベースとしたものです。

 発行されてから14年。奄振(奄美振興開発)はこの本が第三章で吉田さんが提言されたようになったのかといえば、相変わらずハード重視というのは否めないでしょう。
 吉田さんの提言から状況は大きく変わってきていますので、提言の内容自体は時代にあわないかもしれません。
 しかし、自民党から民主党へと政権が変わった年、これは今後の奄振に大きな影響を与えるでしょう。そして薩摩侵攻400年と、奄美にとって2つの大きな節目になった年。
 この本に書き記されている奄振の歴史をきちんと認識した上で、奄美群島に住む人々自らの手による自らのための奄振を考え直すポイントにきていると思います。
  
続きを読む
Posted by mizuma at 17:09Comments(0)TrackBack(0)経済

2009年12月23日

奄美、沖縄 本の旅

奄美、沖縄、本の旅―南島本、とっておきの七十冊
神谷裕司・著 発行:南方新社
2000年4月20日

 「はじめに」で触れたように「奄美学の水脈」以外で奄美に関連する本を紹介する本はこれぐらいでしょうか。

 著者の神谷さんは朝日新聞の記者として1994年4月から3年間を奄美支局に勤めていました。
 この間の体験などを綴ったのが「奄美、もっと知りたい」(南方新社、1997年7月刊)です。

 内容としては奄美を離れた1998年から大島新聞(現在の奄美新聞)に連載した記事を「I.奄美ほん紀行」として、奄美在住前後に朝日新聞や南海日日新聞などの記事を「II.南島本探訪」としてまとめたものです。

 この本は現在も入手可能ですし、奄美の入口としてどんな本を読んだらいいか、よくわかりやすい、おすすめの本です。

 さて、ここまでは”本を紹介している本”2冊をご紹介しました。
 いよいよ、所有している本をご紹介していきますが、どんだけ読み込んでいるかばれるのを覚悟でゆっくりとやっていきましょう。

追記には目次(書籍名)を掲載しておきます。  
続きを読む
Posted by mizuma at 18:42Comments(0)TrackBack(0)本の本

2009年12月21日

奄美学の水脈

奄美沖縄ライブラリー2
「奄美学の水脈」(あまみがくのみお)
南海日日新聞社・編 発行:海風社
1993年4月10日発行
絶版

入手はメニューの「お気に入り」にある”あまみ庵”か”楠田書店”で。

 「はじめに」でも触れましたが、現在のガイドの仕事に必要な知識(歴史・民俗・シマ唄など)にルーツともいえる本です。
 本書の「はじめに」でも山下欣一先生が次のように書き出しています。
 奄美ほど文献が希少で散逸した土地は少ない。奄美を四郎とする人びとにとって、このことが大きな悩みの一つであった。
 しかし、
 島尾敏雄、伊波普猷と、その二人を取り巻く奄美の先学たちの一群によって、かろうじて命脈を保つことができたのが、奄美研究の基盤となる文献類の刊行、収集、保存の作業である。それらは、浅学の血と汗の結晶であることも知るべきであろう。
 後進のわれわれが、まず奄美の文献について知ることから着手するのは、学問の王道である。
 と続けています。

 本書で紹介されている書物は既に入手困難なものや、内容的にその後の研究などによって違っているものもありますが、いずれにしても関心のあるかたは一度は目を通したほうがいい本ばかりです。
 まずはこの本に目を通してから関連する本を図書館などで読んでみてはどうでしょうか。

 また、復刻版が最近になって発行されたものもあります。
 「大奄美史」、「奄美大島物語」、「奄美民謡大観」、「奄美生活誌」、「奄美の方言さんぽ」等など。

 古書や復刻版についてはメニューの「お気に入り」にある”あまみ庵”か”楠田書店”にお問い合わせ下さい。

 追記には目次(紹介されている本の一覧)を掲載しておきます。
  
続きを読む
タグ :奄美学
Posted by mizuma at 16:54Comments(0)TrackBack(0)本の本

2009年12月18日

はじめに

 ”奄美学入門”などと大げさなタイトルですが、実は”新・奄美学の水脈”とするつもりでした。

 「奄美学の水脈」というのは1993年に南海日日新聞社に奄美に関する研究文献に基礎的な解説をすることを目的に連載された記事を編集し、海風社から発行された書籍です。

 高校卒業後に奄美のことをほとんど知らないままにシマを離れ、12年後に奄美に帰ってきた時に奄美を紹介するホームページを作ろうとしました。
 しかし、いかに奄美のことを知らないかということに愕然として、足を踏み入れた奄美古書センター(現在の本処あまみ庵)の書棚に驚き、どの本から読むべきか知るために最初に手にしたのがこの「奄美学の水脈」です。

 120冊におよぶ書籍に関して詳細な解説がされています。

 しかし、巻頭に、
 重要な著作・論文のすべてを網羅したわけではない。いずれ『続・奄美学の水脈』を企画して不備を補いたい。

 とありますが、残念ながらその後は発行されていません。
 また、この本の発行後にはたくさんの奄美に関する本が出版されていますが、「奄美学の水脈」のような書籍の紹介本というのは「奄美、沖縄、本の旅―南島本、とっておきの七十冊」ぐらいでしょうか。でも、これも1990年です。

 奄美郷土研究会にも入会して「奄美学の水脈」のような本を先輩方に書いて欲しいなと思いながらそのままで、「あまみ便りblog」にちょこっと紹介記事を書いたりしていましたが、「しぃ~ま」の開設を機に、個人的に集めた書籍を中心にご紹介していきたいと思いたったわけです。

 しかしながら、あらためて「奄美学の水脈」を読み直すとスゴイ!の一言。
 とても「新・奄美学の水脈」などというタイトルは使えません。
 ということで、「奄美学入門」となりました。

 更新はそれほど頻繁にはできないかもしれませんが、気長にお付き合い下さい。
 間違いや追加情報などありましたら、コメントにてお願いします。