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奄美市名瀬の観光ネットワーク奄美というガイド会社をやってます。 ガイドの勉強のために集めた本を中心にご紹介します。
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【しーまからのお知らせ】

2012年04月04日

「名瀬のまち いまむかし」

 奄美郷土研究会の会員であり、鹿児島土地区画整理協会大島事務所所長である岩多さんが、以前から江戸末期から現在に至る名瀬の街の成立について資料を整理され、郷土研究会の例会で発表されていましたが、同じく奄美郷土研究会の弓削さん、中山さん、国立民族学博物館准教授の飯田さんとの共著で「名瀬のまち いまむかし」という本を出版され、先日手に入れたので早速読んでみました。

 なかなか興味深い内容で、江戸末期の薩摩藩の仮屋から白糖工場、そして明治・大正から戦前、そしてアメリカ軍政府時代から現在にいたる名瀬の街の成立がわかります。
 巻頭には岩多さんやその他の方からのカラーの図版が多く掲載され、巻末には年表もあります。
 ちょっと残念なのがせっかくのカラー図版がちょっと小さくて読みづらいところでしょうか。

 とはいえ、これまで無かった貴重な本です。
 お勧めします。  
Posted by mizuma at 17:09Comments(0)TrackBack(0)歴史

2012年02月22日

アジア歴史海道の中の名瀬

 2012年2月19日に行われた「ヤンゴ歴史フォーラム」に行って来ました。

 写真は配布されたパンフに掲載されていた大正時代のヤンゴ(屋仁川)。原口泉先生が”まさに国際都市・長崎と思えるような街並み”とおっしゃってましたが、ヤンゴ通りはまさにフォーラムのサブタイトルにあるように”アジア歴史海道を彩るエキゾチックタウン”だったようです。
 残念ながらシマの人々にとって搾取の続く辛い時代だったようですが。

 フォーラムは奄美博物館の館長である中山清美さんの「名瀬以前-赤木名集落の調査から」では赤木名の街のつくりと名瀬の違い、学芸員の久さんによる江戸時代に描かれた名瀬の街の説明、同じく学芸員の高梨さんによる白糖工場の説明、郷土研究会の岩田さんによる明治期の屋仁川周辺の解説、ウタ者・築地俊造さんによるシマ唄とヤンゴの関係、そしてまとめとして郷土研究会の弓削さんによるヤンゴの歴史からみる名瀬、最後に原口泉さんからはタイトル「記念講演:世界の酒とヤンゴ」とありましたが、幕末から明治にかけての薩摩藩の政策と名瀬の街の関係のお話と、約4時間におよび濃いフォーラムでした。

 フォーラムの内容および配布された資料などからヤンゴと名瀬の歴史を簡単にまとめてみます。
  続きを読む

2012年02月16日

(2/19)ヤンゴ歴史フォーラム

 手抜きでハガキのスキャン画像ですいません。
 2月19日(日)に「ヤンゴ歴史フォーラム」が行われます。

 去年の10月に予定していましたが、豪雨災害によって延期されていました。

 ヤンゴ(屋仁川)通りの飲食店街が誕生して100年を記念して行われます。
 ヤンゴだけでなく、名瀬の街が形成された歴史的背景について、史跡・古文書・古地図・シマウタなどさまざまな面から解読していく内容です。
 原口泉先生の記念講演やウタ者・築地俊造さん、奄美の歴史研究の第一人者・弓削さん、古地図を研究している岩多さんなどの専門家による報告などがあります。
 なかなか興味深い内容です。是非、ご参加下さい。
  

2012年01月12日

講演会:世界遺産平泉から~文化と歴史を活かしたまちづくり

1月15日に奄美博物館講演会が開催されます。
奄美博物館講演会開催のお知らせ
世界遺産平泉から~
文化と歴史を活かしたまちづくり
平成24年1月15日(日)14時00分~16時00分
奄美市立奄美博物館企画展示室(3階)


 先日、NHKで世界遺産となった平泉の番組があったのですが、ご覧になったでしょうか。(世界遺産・平泉のサイトはこちら
 中尊寺金色堂の螺鈿細工に使われているのが奄美の夜光貝。
 何故、奄美の夜光貝が東北の平泉で使われているのは、どうも金色堂を建てた藤原氏が宋(中国)と直接貿易をしていたらしく、日本と宋との貿易については「日宋貿易と「硫黄の道」 (日本史リブレット)」でも、奄美大島のポジションに注目しています。
 番組では精巧な螺鈿細工が紹介されていて、おそらく加工した職人は京都からきた人々ではないかということでした。
 螺鈿細工自体が中国から伝わっていますから、螺鈿が、夜光貝が結ぶ中国・奄美・大和・東北というのも興味深いです。
 今回の講演でも東北と奄美を結ぶヤコウガイのお話や世界遺産登録へ向けての取り組みのお話など、参考になるんじゃないでしょうか。
 なんとか時間を作って行きたいと思います。  

2011年11月17日

カシャ(奄美民俗閑談)

 今日(11/17)の南海日日新聞に登山修さんの奄美民俗閑談の45回目が掲載されていて、方言で”カシャ”と呼ばれる植物について書かれています。
 写真はアオノクマタケラン。ちょうど今、写真のような赤い実がついてますね。

 記事によると
昔は食物を盛る葉を全てカシワと呼んだ。カシワは「柏」の意で、食物を盛る葉のことである。

 で、シマの方言、カシャはこの「カシワ」から来ているそうです。
goo国語辞典で「かしわ」を引いてみました。
3 《カシワの葉に盛ったところから》上代、飲食物を盛るのに用いた木の葉。
「髪長比売に大御酒(おほみき)の―をとらしめて」〈記・中〉

 実際の柏の木の葉に飲食物を盛っていたことから、飲食物を盛る葉の総称になったんですね。
 柏の木は奄美にありませんから、同じく食物を盛るのに適していたクマタケラン、アオノクマタケラン、ゲットウ、バショウを”カシャ”と呼ぶようになったようです。
 あちこちでカシャモチに使う葉っぱはどれなのかと地元の方に聞いても、クマタケラン、アオノクマタケラン、ゲットウがごっちゃになっていることがおおいようですが、登山さんによるとゲットウはクマタケランに比較して葉が狭くて厚く弾力性がなく、香りが高いのでカシャモチには不向きだとしています。
 バショウの葉の利用法も紹介されています。
 是非、ご一読ください。

 ちなみにカシャモチはカップルや夫婦の仲のよい様子の比喩に使われています。
 ”ナンとワンやムチとカシャ”(あなたと私は餅とカシャのような関係)
 カシャモチを食べたことが有る方はわかりますね。  
タグ :カシャムチ
Posted by mizuma at 14:03Comments(0)TrackBack(0)食品・料理

2011年10月30日

蚕物語・奄美の養蚕復活を目指して

 今日の地元新聞にお知らせが掲載されていました。
蚕(かいこ)物語
奄美の養蚕(ようさん)復活を目指して
 奄美の養蚕が消滅しておよそ50年、島桑で育てた蚕の繭を使い、純奄美産絹という付加価値のある商品作り、着物を含めあらゆる分野で絹の活用を図る。今また養蚕農家の復活と新しいシルク産業興しを目指す。
●蚕糸・絹に関するパネル展示
11月25日(金)、26日(土)10:00-17:00
●講演「地域が支える蚕糸・絹文化」
財団法人 大日本蚕糸会 会頭 高木 賢 氏
11月26日(土) 15:00-16:00
●パネルディスカッション「これからの奄美の養蚕・絹製品」
11月26日(土) 16:10-17:30
(コーディネーター)松井 照美(南海日日新聞社常務取締役)
(パネラー)
高木 賢(大日本蚕糸会 会頭)
弓削 政己(郷土歴史研究家)
南 祐和(奄美島絹推進協議会 会長)
西 里衣(株・アーダン会長)
開催場所:奄美市立奄美博物館

主催:奄美島絹推進協議会
後援:(財)大日本蚕糸会、奄美市教育委員会、南海日日新聞社、奄美新聞社

 奄美といえば大島紬が有名で、泥染めが知られていますが、紬といいながら絹製品です。
 しかし、現在、絹糸は地元では生産していません。(確か、ほとんどが中国産)
 ”奄美の養蚕が消滅しておよそ50年”とありますから、戦後しばらくまでは生産していたんでしょうね。
  

2011年10月05日

「琉球の成立」

 先日、市内の書店で出版されているのに気づき、目次を見たところ”これは買わねば”と思いつつ、ようやく入手しました。



 目次を見てもらうとわかると思うのですが、ここ十数年の研究結果が盛り込まれています。
 特に第2章の琉球のグスク時代前の奄美に関する部分。
 まだ読みだしていませんが、注目の一冊だと思います。
 感想などはまた後日。

■目次より
第1章 琉球弧の先史時代
 第1節 後期旧石器時代から貝塚時代まで
 第2節 縄文時代並行期の南漸する文化
 第3節 縄文時代並行期の北上する文化
 第4節 弥生~古代並行期の土器変化と貝交易
 第5節 オーストロネシア的世界
第2章 琉球史の画期としてのグスク時代
 第1節 奄美群島の三つの遺跡群
 第2節 奄美社会の変貌
 第3節 「イオウガシマ」と「キカイガシマ」
 第4節 城久遺跡群とグスク時代の開始
第3章 グスク時代から琉球国形成へ
 第1節 城塞型大型グスクの形成
 第2節 「三山時代」をめぐる問題
 第3節 琉球国形成へ
結論
  
タグ :グスク
Posted by mizuma at 17:45Comments(0)TrackBack(0)歴史

2011年08月15日

七夕とお盆の関係は?

 奄美大島のほとんどの集落が旧暦でお盆を行います。昨日の盆の送りで今日はお休みの日。
 街はなんだか静かな感じがします。
 ところで、以前から不思議に思っていて「あまみ便りblog」でもちょこっと書いたのですが、少し調べてみました。

 それは、”旧暦の7月7日の七夕飾りを高く掲げる。それはお盆に帰ってくるご先祖様の目印になるように。そしてお迎えの日に片付ける”というのが奄美大島で何故行われるのかということです。
  続きを読む
タグ :七夕お盆
Posted by mizuma at 11:50Comments(0)TrackBack(0)民俗

2011年08月01日

奄美郷土研究会報第42号

 奄美郷土研究会の会報第42号が発行されました。
 ホームページに目次を掲載しています。
 市内の書店で販売しています。
  

2011年07月25日

白糖工場跡地散策

 昨日は奄美郷土研究会の第329回例会が行われました。
 14時から総会が行われた後、15:40から報告会として弓削さんによる概要説明、そして講師の岩多さんによる明治以降の名瀬市街地の変遷について説明がありました。

 名瀬の町は現在の裁判所や拘置所がある場所が薩摩藩の仮屋(役所)や役人の家などがあって行政の中心地、高千穂神社も現在の矢之脇公園にあったそうです。
 また白糖工場は現在の有村倉庫から有村ビルのあたりまでの一角にありました。
 明治に入ると薩摩藩の仮屋などがあった場所は国の所有となり、裁判所や拘置所が立ち並びます。
 また、同時に経済の中心として鹿児島や関西の商人が集まり、港町・商店街・飲み屋街が発展、その周囲には島々から集まってきた人たちの住居が構成されていきます。
 その過程において市街地は河川工事や埋め立てが行われて、現在の名瀬の町が形成されていったという説明がありました。

 少し日が陰った17時から市街地散策に出かけました。
  続きを読む

2011年06月13日

赤木名城(ぐすく)見学会

 奄美郷土研究会の第328回例会として赤木名城(ぐすく)の見学会が行われました。
(5月29日の予定でしたが、台風の影響で6月12日に変更となりました。参加申込者にはご連絡したのですが、告知していませんでした。すいません。)

 市内から貸切バスで、まずは奄美パークへ。お弁当で昼食をとり、赤木名へ。
 場所は赤木名中学校の裏手にあります。赤木名中学校の左手、郵便局の間を入ります。

 裏手には中学校の駐車スペースがありますが、勝手には駐車できませんのでご注意下さい。

 山裾を少しあがると登り口があるのですが、その脇には秋葉神社、その奥に史跡碑があります。
  続きを読む
タグ :グスク

2011年05月11日

第328回例会のお知らせ

奄美郷土研究会 第328回例会のお知らせ

今回は、大津会長の提案で「赤木名集落・ぐすく巡見」を下記の要項で実施します。案内講師には中山清美氏をお願いしました。バスには定員がありますので参加には申込みが必要です。


日時
5月29日(日)AM10:00~PM6:00予定
参加費
1名1,500円(バス・資料代)飲食代別
日程
AM10:00 奄美文化センター
AM10:10 奄美文化センター出発
AM10:25 市役所前
AM10:30 浦上、信用金庫前
AM11:20 奄美パーク着
昼食 奄美パーク(弁当orレストラン)
PM01:00 赤木名巡見
PM05:00 発~PM06:00名瀬着予定
場所
笠利町赤木名
講師
中山清美氏


尚、定員がありますのでお問い合わせ・お申し込みはお早めに事務局までご連絡下さい。


連絡先
奄美郷土研究会
事務局担当(山岡方)
TEL&FAX 0997-52-8014

  
タグ :赤木名

2011年04月24日

奄美諸島の諺辞典

 南方新社さんがまたまた超大作の本を出します。(まだホームページには掲載されていません)
 1000ページ、およそ20年をかけて収集した1万点を超える奄美諸島の諺辞典です。

 2011年夏の刊行の予定で、定価は1万5750円ですが、予約特価として1万2000円で購入できます。(でも、高いな~)
 予約販売については南方新社さんにお問い合わせください。

 ページのサンプルは以下に。(クリックすると大きな画像で見れます)

 一つの諺を奄美諸島内の各島々、各シマジマ(集落)毎の違いを丁寧に解説しています。

 買わなきゃいけないだろうな~
  
タグ :
Posted by mizuma at 10:16Comments(0)TrackBack(0)民俗

2011年04月07日

南方新社『奄美沖縄 環境史資料集成』

 南方新社さんから案内があり、これは手元に必要かなと注文したのですが、さきほど手元に届きました。
 いい意味でとんでもない本です。
 総ページ842ページ!DVD付き。定価9800円+税。
 予約特価、送料込み8000円で手に入れました。
 なにがすごいか、とんでもないかは案内メイルの転載しますのでご覧下さい。
 単に自然だけでなく自然資源利用の歴史が詰め込まれた本です。
------------ここから  続きを読む
タグ :環境
Posted by mizuma at 14:56Comments(0)TrackBack(0)歴史

2011年04月05日

知ってるようで知らなかった甘味料

 以前ご紹介した「名越左源太の見た 幕末奄美の食と菓子」の著者・今村さんは羊羹の老舗として有名な虎屋の資料室、「虎屋文庫」のお勤めの方です。
 その「虎屋文庫」は年に1回発行する「和菓子」という冊子を発行していて、平成23年3月発行の第18号の特集は「甘味料をめぐって」です。

 「名越左源太の見た 幕末奄美の食と菓子」を書くにあたって今村さんは奄美郷土研究会の弓削政己さんが奄美の歴史についてアドバイスを受けていたそうですが、この特集の中に弓削さんが「近世奄美諸島の砂糖専売制の仕組みと島民の諸相」を書いています。
 弓削さんの記事もわかりやすくよかったのですが、特集の中の「江戸時代における製糖技術」では圧搾機について、また、古代甘味料やどんな甘味料があるのかという記事も面白かったです。
 今村さんが前回来島されたときにサタグルマ(さとうきび圧搾機)を見たがっていてご案内したのですが、こういうことだったんですね。

 興味のある方は「虎屋文庫」のホームページで購入の案内がありますので、どうぞ。
  
Posted by mizuma at 14:19Comments(0)TrackBack(0)食品・料理

2011年02月14日

第326回例会:奄振の最初の基本方針に驚き

 昨日の午後2時から奄美郷土研究会の第326回例会が行われました。(例会のお知らせは上記の奄美郷土研究会ホームページに掲載していますので、興味のある方はチェックしてください。)

 今回は鹿児島短期大学の西村富明さん。今年3月に退官されるので、これまでの研究成果をまとめての講演でした。
 講演のテーマは「奄美群島近現代史における行政差別政策について」。
 通常ですと20名ぐらいなんですが、今回は40名近くの方がお越しになり、会場のレイアウトを急遽変更することになりました。

 西村さんは明治以降、奄美群島の近代史を経済の面から研究されている方で、今回のお話も明治以降、奄美群島に経済的にどのよう政策があったのか、それは行政差別政策の繰り返しではなかったという内容でした。(ちょっと乱暴ですいません。)

 個人的にびっくりしたのは、奄振と一般にいわれている奄美振興特別措置法の最初の基本方針。
 西村さんの資料から抜粋します。

 本計画は、奄美群島における住民の生活水準を概ね戦前(昭和9年-11年)の本土並みに引き上げるために必要な産業文化の振興と公共施設の整備充実を図ることを目的とし、琉球諸島との関係をも考慮し、・・・


 復興計画が決定されたのは奄美の日本復帰から1年たった1954年(昭和29年)の10月30日です。その時点での基本方針が約20年前の本土並みにする、と明記されていたのはちょっとびっくりでした。
 奄振はなんども更新されて現在に至っていますから、その都度、基本方針は変わっていくのですが、それにしても最初の基本方針が単に”本土並み”では無いという点。

 「琉球諸島との関係をも考慮し」という点については吉田慶喜さんの「奄美の振興開発」のP91-P92に説明されていて、奄美が復帰後に急速に復興することによって、戦略基地として確保している沖縄の復帰運動を刺激してしまうのではないか、ということを懸念してのことのようです。

 西村さんは退官後、郷里の沖永良部へ戻られるそうですが、今後も研究活動を期待したいです。  

2011年01月26日

奄美の歴史入門


奄美の歴史入門
 著者の麓さんは奄美小学校の校長先生で、学校のホームページに子供たち向けのやさしい奄美の歴史入門を掲載していましたが、それをまとめたのが本書です。

 奄美の歴史というのは学校で学ぶ「日本」の歴史にはほとんど触れられていなくて、地元でも歴史についてまとめられた本は少なく、子供たちに読んでもらえる本というのは皆無でした。
 2000年に徳之島郷土研究会がまとめた「改訂新版 奄美の歴史と年表 第三版」が出版され、子供たちでもよめるものがようやく出版されましたが、「奄美の歴史入門」はさらにここ数年の新しい発見・解釈、例えばヤコウガイや城久遺跡、一字姓の新たな解釈などをとりいれています。

 また、2部では旧名瀬地区の歴史として奄美小校区を中心としていますが、名瀬の街の変遷、町名がどう変わってきたかなど、興味深い内容です。

 子供だけでなく、また、奄美島外の方だけでなく奄美出身の方にもお勧めできる本です。  
タグ :奄美小学校
Posted by mizuma at 13:20Comments(0)TrackBack(0)歴史

2011年01月19日

「沖縄文化はどこから来たか」研究報告会

追記2011/01/23:発表の内容などは「あまみ便りblog」に書きました。

(案内ハガキより)
 2009年に発刊された沖縄文化はどこから来たか―グスク時代という画期 (叢書・文化学の越境)の執筆陣による奄美研究報告会の第2弾の開催です。

日時
平成23年1月22日(土)
会場
奄美市名瀬公民館会議室(2階)
時間
13:30~17:00
参加方法
入場無料。誰でも参加できます。


研究報告

吉成 直樹(法政大学沖縄文化研究所教授)
「奄美史の展望」
高梨 乃(奄美市立奄美博物館学芸員)
「南海島嶼における硫黄交易考」
阿部 美菜子(法政大学大学院博士後期課程)
「『おもろそうし』の成立時期」
中本 謙(琉球大学教育学部准教授)
「琉球語の中の奄美方言」

  

2010年11月21日

「奄美文芸批評」藤井令一・著


(上記写真をクリックすると南方新社の紹介ページにとびます)
 1985年(昭和60年)から2008年(平成20年)まで、地元新聞・南海日日新聞に連載された「文芸雑感」を中心に藤井さんの色んな本やイベントに対して書かれた文章を1冊にまとめた本です。
 総ページは738ページ。巻末の1000人を超える人名索引も圧巻です。
 シマに関してどんな本があるか知りたい方に、是非お勧めしたい本です。ということでカテゴリは「本の本」としました。

 個人的には高校を卒業(1983年)してシマを離れた2年後からの記事、シマへ帰ってくるまでの12年間にシマでおきた事件・事故以外のどんな本が出版され表現されたかを教えてくれる貴重な本です。
  
Posted by mizuma at 16:11Comments(0)TrackBack(0)本の本

2010年10月02日

「奄美」呼称の来歴(上)

 地元紙・南海日日新聞に昨年の薩摩侵攻400年からシリーズで奄美の歴史に関する連載が掲載されています。現在は「薩摩侵攻401年の視座 シマジマの海路」というタイトルです。
 かなりの長期連載ですので、いずれ1冊の本にまとめられると思います。

 昨日(10/1)の掲載は瀬戸内町立図書館・郷土館の町健次郎さんによる『「奄美」呼称の来歴(上)』近代に蘇った「アマミ」というサブタイトルで、”奄美”という言葉の由来を探っています。
 とりあえず今回はインターネットでの情報ですが、個人的にも調べたことなので大変興味深い内容となっています。
 詳しくは紙面を読んでいただきたいのですが、要約すると、

  • 琉球史料に詳しい方が「琉球の歴史の中には、大島の地名があっても、奄美の地名はない」と言っている。
  • 全国地図に「奄美」が登場してくるのはおよそ明治30年代に入る辺りから。
  • 海軍関係の史料では明治初期、明治7年から「奄美」が見え、明治10年~20年代にも使用されている。
  • 近代における「奄美」呼称の最初の使用は、島民自らではなく、国防のために調査をはじめた海軍という外部からではないか。

 ということだそうです。
 後半も楽しみです。

(該当紙面がどうしても手に入らないが読んでみたい、という方はメッセージでご連絡ください。)  
Posted by mizuma at 14:03Comments(0)TrackBack(0)歴史